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じょかなん四天王とは?完全受注販売の博多招福菓子じょかなんの春待ち堂

博多招福菓子じょかなん 除禍難 ハルマチ春待ち堂6

もうすぐ創業40年を迎えます質屋のハルマチは
コロナ禍に、長年の夢だった禍難除けのお菓子
博多招福菓子じょかなん(除火難)を

おかげさまで、二次創業させて頂きました。
→ 御注文を受けから手作りしています。
去年12月からはじめてもうすぐ一年を迎えます。

じょかなん四天王

糖分を極力抑えた ダイエットじょかなん
上品な甘さ スタンダードじょかなん
甘さが必要なとき アタックじょかなん
日持ちする 非常時じょかなん → 只今、研究中

じょかなん四天王 外伝

その他 季節限定シリーズ お屠蘇じょかなん
ブランデーケーキを彷彿 父の日じょかなん
黒豆がゴロッと入った 黒豆ゴロゴロ
博多生地曲げ入り じょかなん箱入り娘

健康はお金では買えません。日々の積み重ねです。
どうぞ、お身体に気を付けて笑顔でお過ごしください。
お問い合わせはハルマチ春待ち堂→ 092-939-1199

質屋のハルマチがコロナ禍にじょかなん除禍難を売り出した理由 春待ち堂 吉積佳奈

じょかなん春待ち堂 福岡の質屋ハルマチ原町質店

昭和59年 私、吉積佳奈が 高校一年のとき
母が一人 原町質店 を創業しました。
おかげさまで 今年で創業37年を迎えます。
鶏口牛後を教えた父も、判官贔屓きを伝えた母も
すでに故人ですが「早く亡くなった兄の死をただの
悲しいお話で終わらせたくない私の悪足掻き人生」です。

「丙午」の私が居るだけで火事になるなんて
「質屋」 なのに困る💧バランスを取るのに何かないか?
+ 迷信もなんのその → 命の大切さを優先して

手塩に掛けてきちんと育ててくれた母への感謝を込めて
還暦になるまでに「じょかなん」をこの世に生み出したい。
福岡大学で講師をさせて頂いたときに

「本業の質屋の他に夢があります」と公言して以来 約10年。

古径水に纏わる伝説の配り菓子 なかなか形にしきれず、、、
畑違いもありどうすればいいのが試行錯誤悶々と過ごしましたが
この、コロナ禍
家にいる時間が増え→試作の時間が取れるようになり、
ヤルなら今だ!と去年2020年12月に許可を頂きました。
博多じょかなん は 本来 除火難 火難避けですが

除禍難 禍難除け の方が伝わりやすいやろうねぇ。
これは 同級生 山崎くんのアイデアです(^^)
(※山崎くんとは ⇒ 加辺屋西公園店の店主です。)

父のことも、母のことも、よく御存知の山中の
おいちゃんには 私の じょかなん への想いは
そう多くを語らなくても 伝わっていることでしょう。

おいちゃんの名前 鹿之介 って我に七難八苦を与えたまえ
キリスト教を信仰していた戦国武士の名前やね!凄かぁ^o^
博多に帰ってきたら連絡ください(^^)

追伸

じょかなん は 東京にも喜んで送るけど 東京では売りません。
と、フェイスブックに書いていたら、関東に居る博多二中の
同級生が「関東の窓口になっても良かよ。」^o^))))

博多招福菓子じょかなん(除火難)禍難除けのお菓子の評判 ハルマチ春待ち堂

博多招福菓子 禍難除け じょかなん 株式会社ハルマチ 春待ち堂3

中国の沙漠ウランブハに植樹活動に行ったとき、帰りの飛行場で親孝行菓子が目に止まりました。子どもたちがお母さんの足をタライで洗っている素朴な版画の挿絵が付いていました。故郷を離れ戻ってきた子が親を気遣うその広告にほっこりしながら#博多じょかなん の原材料をあれこれと思い浮かべていたのを博多二中吹奏楽部後輩くんの今日のメッセージでフッと思い出していました。母の日にカーネーションは日本男子は照れ臭い?笑 じょかなん のようなメッセージ性のある健康に留意したお菓子なら気持ちが伝えやすいかもしれません。いつも有り難う 元気でね。そんな想いを伝えるお手伝いができる 春待ち堂 の菓子製造業はこれからもずっと吉積 佳奈のライフワークになりそうです(^^)💕感謝

禍難除け 博多招福菓子じょかなん とは? 福岡の質屋ハルマチ原町質店 吉積佳奈

博多招福菓子じょかなん

博多招福菓子じょかなん → 除火難(火難除け) → 除禍難(除禍除け)

博多古渓水

家ごとに黒豆ご飯を炊いた「博多古渓水」茶聖千利休が秀吉の怒りに触れたのは天正19年(1591年)2月のことです。利休さんの木造を山門に掲げ秀吉激怒の発端を作った京都大徳寺の「古渓和尚」も筑前藩主小早川隆景に身柄預けとなり博多に流されました。 和尚は庵を結び博多の人々と親しみながら禅と茶に二年半を過ごしました。慶長三年八月、秀吉死没。許されて葬儀の導師を務めることになり京都へ帰る前のこと「皆の衆、世話になった、さらばじゃ!」別れの日、和尚が杖を地上にトンと突き立てると、あら不思議、清らかな水がコンコンと湧き上がる。 これぞ 名付けて 古渓水。 現在の福岡県福岡市博多区奈良屋町のあたり戦前まではお堂の脇に清水が沸きこれを汲み持ち帰って家の周囲に振り掛けておくと「火難を除ける」と言われ広く信仰心を集めました。

毎月二十一日は古渓さまの日 (現在のお札は5月17日になっている) 一帯の家々では黒豆ご飯を炊き「はつやまとう」と呼ぶ小さな焼餅団子を供え、火難よけのお札 と一緒に配って歩いたそうです。古渓さまのお堂は昭和二十年六月福岡大空襲の猛火ばかりは防ぎきれず炎上しました。戦後、福岡市当局が進めた町名変更があり、由緒ある「古渓町」も消えそうだと知り、えッ!?と腰を浮かしたのは 篤学の史家橋詰武生さんでした。(故人)「冗談じゃない苦境に落ちた古渓和尚を博多勢が保護した史実は文献になくそれを証明するのは「古渓町」という町名だけ。と説かれましたがすでに遅く古渓町の町名は消え 奈良屋 になりました。町名が変わって50年経ちますが今でも古渓さんを偲び 5月17日 にお経があがります。以上 父(久幸)が遺した資料より

1966年(昭和41年)古渓町から奈良屋町に町名替えになってから生まれた丙午の私、吉積佳奈は縁あって母方の家業の質屋業を母から引き継ぎ、商いに携わらせて頂いております。人様の大切な物をお預かりする質屋の私が、居るだけで火事になる丙午(ひのえうま)というのは、迷信だと分かっていても、気になっていました。丙午の年は明治時代も、昭和41年も出生率が低いのです。令和時代の丙午の年(2026年)はそんな年になって欲しくない。迷信を気にもせずこの世に産み育んでくれた父や母やすべて方に感謝を込めて「博多招福菓子じょかなん → 除火難(火難除け) → 除禍難(除禍除け)」のお菓子を生み出すのが私の長年の夢でした。コロナ禍で自宅に居る時間が増えた今年は試作する時間に恵まれました。免疫力を高めるのに腸の調子を整えることも大事なので体にも心にも良いお菓子を作りました。

どうぞ、ご賞味ください(^^)                        株式会社ハルマチ 博多じょかなん 吉積 佳奈

2博多招福菓子じょかなん

 

博多招福菓子じょかなん(除禍難/除火難)をハルマチ冬セール2020でお配りします♪

じょかなん 博多招福菓子 禍難除け

「博多じょかなん」とは?
https://harumachi.com/2020/12/03/博多招福菓子じょかなん/ ‎

コロナ禍で自宅で仕事をすることが多くなった
今年は吉積にとって試作が出来た年にもなりました。
博多招福菓子じょかなん ( 除火難 → 除禍難 )を
ハルマチ冬セール2020でお配りしたいと思っています♪