カテゴリー: 大好きな質屋さん

エッセイ「大好きな質屋さん」

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「大好きな質屋さん」太田治子著
http://www.youtube.com/watch?v=6gjKTwhVwEQ

新宿のデパートで年に一度、東京の質屋さんが大集合する催しがあった。
つまり質流れのオンパレードである。私は偶然その初日の日に、会場にいくことができた。

毛皮や宝石のコーナーが大半を占めていた。五十代から七十代の女性客の熱気が凄かった。
私はそそくさと片隅のバッグコーナーに足を向けた。大振りのショルダーバッグが目に飛び込んできた。

仕事用の本がたっぷりと入りそうなバッグは皮もよくなかなかのものなのに5,000円としなかった。
デパートのバッグ売り場だったら10倍近くしそうだ。この数年のうちで一番よい買い物ができたのである。

子どもの頃から、質屋さんが好きだった。

東京目黒のアパートに母娘二人で住んでいた時分。母は、時々、小学生の私をつれて近所の質屋さんへ
出掛けた。商店街の通りを一本奥に入った路地の突き当たりに質屋さんの暖簾が掛かっていた。

「ごめんください」

風呂敷包みの母がそう声をかけると、中から年配の落ち着いたご主人が現れた。
母の差し出した着物を丁寧に拡げながら、ご主人は「では、お預かりいたしましょう。」

静かな声でそういうのだった。きりりとした着物姿の奥さんが店番のときもあった。
やはり、きりりと気持ちのよい声で最後に同じことを言った。

「ママ、私、大きくなったら、質屋さんになりたい」
質屋さんの店を出て商店街を歩きながら、そのように話し掛けた。

「質屋さんのお仕事は大変なのよ。泥棒が盗んだものを持ってくることもあるわ。
ちゃんと品物と共に人相も見なくちゃいけないの。」

「ママと私のことは女泥棒ではないって見抜いてくださったのね?」質屋さんのご主人も奥さんも
決っして、一度も、こちらをマジマジと見つめたりしないのに、・・・凄いなぁと思った。

「私たちはもう何度もお店に行ってるから信用してくださってるのよ。」母は言った。
「私、質屋さん、大好き。また、行こうね。」

私は通りすがりの人が振り返るほど、大きな声で言った。そのときは、まだ
どうして質屋さんがひっそりとした目立たない路地裏にあるのか気が付かずにいたのである。

中学になったころから生活が落ち着いてきた。質屋さんの暖簾をくぐることもなくなっていった。
デパートの質流れ品の売り場は、とても懐かしい感じがしたのである。

その時、買ったバッグは、とても使い心がいい。
「やはり質屋さんは最高だわ。」バッグを手に街を歩いていると、思わず、笑みが浮かんでくる。

太田治子 著書 「心映えの記」他
「絵画の愉しみ方ガイド」「恋する手」NHK「ラジオ深夜便」「私のおすすめ美術館」出演